リクルートのイノベーションの源泉について、BCGヘンダーソン研究所チェアマン、マーティン・リーブス氏の考察をご紹介します。
エキスパートから見たリクルートグループ
ビジネス戦略研究を専門とする私がリクルートに注目したのは、2015年ごろ。新たなビジネスモデルを連続的に生み出し続けている企業として目に留まりました。その後もナレッジシェアリングイベントFORUMへゲストとして参加したり、定期的にリクルートのイノベーターたちへインタビューするなどの機会に恵まれました。そのなかで、私の最新研究書籍『The Imagination Machine』(ハーバード・ビジネス・プレス、2021年)のテーマである、人間の想像力を体系的に活用しようとする企業の例としても、リクルートはフィットすると思うに至りました。
成功企業は「想像力」を出発点に設立されるものですが、ひとたび成功すると、多くの場合は「想像力」を失い、既存のビジネスモデルの財務的な最適化を重視するようになります。しかし、リクルートはそうなっていない稀有な企業のひとつと感じたのです。
Imagination Machineとしてのリクルート
かつてないほどの早さで競争優位性が衰退し、あらゆる企業が絶えず自己改革を迫られる現代のビジネスにおいて、今までにない新しいアイデアを発想し、実現するための「想像力」は、いつになく重要になっています。また、AIが人間に代わって定型的な管理業務を行うようになると、企業は「想像力」のような、より人間らしい認知業務に意識を向け直す必要が出てきます。
「想像力」は精神的で、属人的で、とてもコントロールできるようなものではないと考える方もいますが、私たちは、「想像力」はシステマティックに活用できると考えています。『The Imagination Machine』では、想像力のサイクルを6つのステップに分解しました。
Seduction(触発)
Idea(アイデア)
Collision(衝突)
Epidemic(拡散)
New Ordinary(進化した日常)
Encore(反復)
そして、リーダーが組織内で想像力を体系的に育て、活用するための指針を示しました。
この研究を通して私たちは、リクルートを想像力豊かな企業の例としてだけでなく、ステップ4内「アイデアの拡散」の優れた例としても取り上げました。BCGヘンダーソン研究所が業界横断で行った調査によると、リーダーの55%が、「新しく刺激的なアイデアを他者と共有し、刺激を与えるための効果的な仕組みがない」と回答しています。新しい挑戦をした人の体験談を称え合うことや、RINGのような新しいアイデアを奨励する仕組みは、他の企業にも参考になる実践例です。
また、組織のなかで「想像力」を維持するためにリーダーがとるべき行動についても書いていますが、その多くはリクルートで見られたものです。ここでは簡単に紹介します。
危機を受容し、早期に対処する
未来をリサーチし、将来起こりうる危機や、従来のメンタルモデルが足かせになる部分を特定し、世の中が課題視する前に、チームに対処を促す外の世界に飛び込む
顧客インタビューや現場体験など、従業員が外の世界に触れることを奨励することで、驚きを発見する可能性を高め、想像力を掻き立てる理想を掲げる
刺激的かつ挑発的で野心的な理想を設定することで、新しいアイデアの創発につなぐ内省を促す
人々が現在にのみ集中するのではなく、過去に気づきを見出すために、一歩下がって内省する時間をとるように促す新しいタイプのヒーローを育成する
古いリーダーは、確立されたビジネスモデルから価値を積み上げる人を賞賛する傾向があるが、想像力豊かなリーダーは、新しい可能性を生み出す人を賞賛し、その想像力を引き出すように人々を促す大胆な行動を起こす
新しいメンタルモデル以外の選択肢がないような行動をとり、その反動によって、人々を既存のモデルから脱却させ、思考させる
これからのリクルートの課題と期待
企業が成長するにつれ、リーダーは必然的に、想像力の実行維持を阻む障害に遭遇します。しかしそれらを認識しておけば、リーダーは想像力を妨げないよう行動することができます。障害の代表的なものは以下の3種類です。
過度な専門化
過度に専門化したチームは、サブカルチャーや専門用語が発生し、グループ間の協力関係を阻害したり、想像力のある人と実行力のある人の間のコミュニケーションを損なう危険があります。こうならないためにリーダーは、定期的に組織を入れ替えたり、人を回転させたりして、従業員が異なる視点やメンタルモデルを経験できるようにする必要があります。タコツボ化
組織の外に目を向けようとしない企業は、インスピレーションの源が少なくなり、想像力を発揮することができなくなります。リーダーは従業員に外部のことに時間と注意を向けるように促すべきです。成功の罠
多くの場合リーダーは、会社が成功したときの構造が理想的と考え、過去の成功指標を重視してしまい、将来の成功のために組織を改革することを妨げてしまいます。リーダーは未来志向の成功指標を用いて、会社の方向性が決まっていないことを従業員に意識させるべきです。
BCGの創設者であるブルース・ヘンダーソンの言葉を借 りれば、「企業は知らず知らずのうちに、過去の成功を支えてきた考え方や手順の虜になってしまうもの」です。リクルートは創業メンバーのひとりが「意図的なカオス」と表現したように、定期的に組織形態を変化させるなどしています。しかし、世界の変化のスピードはますます速くなります。今後も、先述の罠や自己満足に陥らず、常に好奇心を煽り、グローバルに成功していって欲しいと思います。
マーティン・リーブス
BCG ヘンダーソン研究所 チェアマン
ケンブリッジ大学修士(自然科学)、クランフィールド大学MBA(経営学 修士)。ゼネカ(現アストラゼネカ)を経て、1989年にBCGロンドン・オフィスに入社。世界各地の企業や業界団体に対して戦略、組織両面で数多くのコンサルティングを行っている。
東京オフィスにも8年間在籍し、ヘルスケアを中心とする多国籍企業に対してさまざまな戦略策定・実行を支援。
現在は、BCGブルース・ヘンダーソン研究所チェアマンとして、グローバルに通用するビジネス戦略マネジメントを研究している。BCGフェロー。共著に『Your Strategy Needs a Strategy』(Harvard Business Review Press)
著書紹介
The Imagination Machine: How to Spark New Ideas and Create Your Company's Future
Martin Reeves, Jack Fuller 共著
Harvard Business Review Press (2021年6月)
2022年和訳出版予定