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ミドルマネジャーが要として機能する イノベーティブな組織を未来に

INSEAD ベン・ベンサウ教授から見たリクルートグループ

私は現在、INSEADの教授としてテクノロジー・マネジメント、アジアビジネス研究、比較経営学の研究をしています。また、ビジネス・イノベーションのコンサルタントとして、企業に対してイノベーションを企業のDNAに組み込むための支援も行ってきました。約20年にわたる研究と実践の成果をまとめた『Built to Innovate: Essential Practices to Wire Innovation into Your Company's DNA外部サイトへ』(McGraw-Hill Education, 2021)。この書籍のなかで実践例のひとつとして紹介したのが、リクルートです。

イノベーティブな組織の鍵はミドルマネジャー

イノベーションを創出するためには、天才的なリーダーであったり新進気鋭のスタートアップでなければならないと思われがちです。しかし複雑化する世界において、ひとりの天才や研究開発部門が全てのイノベーションを担うだけでは不十分。世界中の企業とワークショップを行ってきた実感から、重要なことは、組織に属する全ての人材の能力を引き出し、継続的かつ体系的なイノベーションを組織に定着させることだと確信しました。書籍では、そのためのフレームワークを多くの事例とともに紹介しています。

イノベーション創出のためのフレームワーク

イノベーション創出のためのフレームワーク

このフレームワークを機能させるうえで重要なのが、ミドルマネジャーです。彼らは、事業の最前線にいる現場社員が自信を持ってアイデアを提案できる環境を作り、モチベーションを高め、継続的にサポートするコーチの役割を担っています。また、多くのアイデアのなかから有用なものを選別し、開発し、立ち上げるサポートをしなければなりません。さらに、経営・管理層と現場社員をつなぐ「接着剤」として、役割、領域、部署を超えたつながりを作ることもまた、彼らの重要な役割です。

そのためにミドルマネジャーが現場社員に提供するべき3要素。それは、①イノベーションを起こす許可を与えること、②イノベーションに必要なスキル、リソース、ツールを与えること、③イノベーションを起こしたいという気持ちを育てることです。これができれば、何世紀も続くような長い歴史を持つ企業であっても変革を起こすことが可能ですし、受付のスタッフから人事や法務などの間接部門も含むあらゆる部門の社員まで、誰もが変革の担い手になることができます。これが書籍の中で最も強調したかったことであり、また、実際に日々教えていることでもあります。

ベン・ベンサウ INSEAD教授

ベン・ベンサウ INSEAD教授

着想のきっかけは、20年前のリクルートとの出会い

実はこのアイデアは既に20年前からありました。その着想のきっかけこそ、2000年代初頭のリクルートとの出会いだったのです。

2001年にINSEADが依頼を受け東京で開催した「ブルー・オーシャン戦略」(当時の名称は「バリュー・イノベーション戦略」)のトレーニングプログラム。 大手企業や政府機関の管理職約30名が参加するなか、ひときわ若く、貪欲に学ぼうとするエネルギッシュな男女がいました。ひとりは当時人事部門の中堅マネジャーだった長嶋 由紀子さん、そしてもうひとりが、当時『カーセンサー』のマネジャーだった岩下 直司さんです。

プログラムは3日間の講義ののち、各自ビジネスの現場に戻って学んだツールを活用し、数ヶ月後にフォローアップの講義、という実践的な内容でした。再び東京を訪れた際、岩下さんとともにカーセンサーの営業現場に同行。彼がツールを有効に活用し、事業を取り巻くエコシステム全体を構造的に捉えているのを目の当たりにし、非常に嬉しかったのを覚えています。そしてその時岩下さんから得たヒントが、私にとっても大きなターニングポイントとなりました。彼は次のように教えてくれました。

メンバーがアイデアを上司に提案した時、もし上司が拒絶し続けたら、その組織には新しい提案をするメンバーはいなくなってしまうだろう。そこで、メンバーから提案があったときまず最初に「ありがとう」と感謝の言葉を伝えることにしたと。すると多くのメンバーが相談にくるようになったと。もちろん良いアイデアもあればそうでないものもあるので、メンバーが自ら考えることを習慣化できるよう、3つの質問をすることにしたと。

ひとつ目は「その提案は、顧客にどんな価値をもたらすのか?」。答えられなければ、まず顧客を観察し、顧客に聞くようにアドバイス。メンバーは、顧客のニーズをまず第一に考えることを学びます。次の質問は「その提案は、会社にどんな価値をもたらすのか?」。メンバーは自分のアイデアをどのように事業化しマネタイズするかを考えるようになります。最後の質問は「実際にそのアイデアを追求すべきか?」。これらの問いの繰り返しによって、イノベーションが習慣化し、メンバーは彼が何もいわなくても顧客価値、自社にとっての価値、アイデアの実現方法について考えるようになった、というのです。

カーセンサーの最新のイノベーションについてリクルートの担当者から共有を受けたのは2020年、書籍の執筆に取り組んでいた最中でした。2015年にひとりの現場社員が提案した新規事業のアイデアは、その難易度の高さゆえに当初却下されました。しかし、事業責任者だった室 政美氏はその提案に可能性を見出し、ともに検討を進めます。具体的な改善策を提案し、必要なリソースを提供し続け、約5年の期間をかけて遂に最終承認まで至ったのです。まさにミドルマネジャーの役割が発揮され、ひとりの現場社員のアイデアがイノベーションにつながった好事例でしょう。

リクルートとの最初の出会いから約20年、まるで点と点ががつながったように感じました。『Built to Innovate: Essential Practices to Wire Innovation into Your Company's DNA外部サイトへ』にこの事例を掲載することになったのは、ある意味、必然の流れだったともいえるかもしれません。

『カーセンサー』創刊号(1984年)

『カーセンサー』創刊号(1984年)

20年前から豊かなダイバーシティを育んでいたリクルート

そしてもうひとつ印象的だった出会いが、長嶋 由紀子さんです。2000年代初頭に女性が管理職として活躍している組織は珍しかったので強く印象に残っています。加えて、年長者に囲まれた中でも堂々と発言し、リーダーシップを発揮する姿には驚かされました。合同研修が終わってすぐ、「改めて自社のマネジャー向けに研修を実施して欲しい」と連絡をくれたり、私の研究のために積極的に人を紹介してくれたり。その行動力から、リクルートという会社は、年齢や性別などの属性に関わらず、若いうちから多くの権限を持たせるマネジメントをしているのだろうと感じたことを覚えています。彼女はその後、事業を率いる立場となり、現在はリクルートホールディングスの常勤監査役を務めていると聞き、これまた合点がいきました。

リクルートには、創業者の江副浩正氏が掲げたスローガン「自ら機会をつくり、自ら機会を変える」という言葉があるそうですが、まさに私が20年前に遭遇した、自律的で学習意欲が高く、インプットしたことを現場で積極的に活用するリクルートの人々そのものだと感じます。

約20年ぶりにリクルート本社で再会 岩下 直司(右)、ベン・ベンサウ教授(中央)、長嶋 由紀子(左)

約20年ぶりにリクルート本社で再会 岩下 直司(右)、ベン・ベンサウ教授(中央)、長嶋 由紀子(左)

これからのリクルートの課題と期待

創業から約60年、継続的な変化とイノベーションを支えてきた同社の強みは、学習意欲の高い積極的な人材プールとその多様性でしょう。約20年前から女性や若手管理職の活躍が顕著だったリクルートは、他の日本企業よりも先を行っていたといえます。しかし急速にグローバル化が進むとともに、当然のことながら多様性の定義も広がっていきます。世界で事業を展開するグローバルグループとしてもなおその強みを持ち続けられるかが、今後の課題のひとつではないでしょうか。

また、紹介してきたようなイノベーション創出の文化を海外の事業に移植できるかもまた、大きなチャレンジのひとつでしょう。ミドルマネジャーに宿る支援の姿勢だけでなく、リクルートには「Ring」や「FORUM」外部サイトへといった、いわばイノベーションを習慣化するための装置もしっかりと装着されています。こういった文化や仕組みを国外に展開していくのか、あるいは、海外事業から学びを得て、国内事業をさらに強化していけるかどうか、というのも非常に興味深い観点です。

ぜひ、これまで培ってきたケイパビリティや柔軟性を活かして、グローバルでの事業展開から良い面やポテンシャルの高い人材を取り込んで欲しい。そして、既存の文化や事業とのシナジーを生み出し、社会に大きなインパクトを与え続けて欲しいと思います。

ベン・ベンサウ

INSEAD教授

マサチューセッツ工科大学博士(経営学)、一橋大学修士(経営学)。フランスの2つのグランゼコールにおいて修士(土木工学)、博士(機械工学)もそれぞれ取得。

INSEADにおいて2018から2020年までエグゼクティブ教育の学部長、現在はテクノロジー・マネジメント、アジアビジネス研究、比較経営学の教授を務める。イノベーションに関するケーススタディでは、2006年、2008年、2009年にThe ECCH Best Case Awardsを受賞(W Chan Kim、Renee Mauborgneとの共同研究)。

ハーバード・ビジネス・スクール、ペンシルベニア大学ウォートン校のシニア・フェロー、カリフォルニア大学バークレー校、青山学院大学、慶應義塾大学ビジネススクールでも教鞭をとる。1993年よりアジア、ヨーロッパ、アメリカの企業に対してコンサルティングを行っている

BUILT TO INNOVATE

著書紹介

Built to Innovate: Essential Practices to Wire Innovation into Your Company's DNA外部サイトへ(英語のみ)

Ben M. Bensaou, Karl Weber共著
McGraw-Hill (2021/9/28)

長嶋 由紀子(ながしま・ゆきこ)

リクルートホールディングス 常勤監査役

1985年リクルートに入社。HR事業を経て、95年より人事部。社内ビジネススクール等を立ち上げる。2002年 ブライダル事業責任者、06年 リクルート執行役員、08年 リクルートスタッフィング代表取締役社長を歴任。16年より現職

岩下 直司(いわした・なおじ)

リクルート 政策企画室 調査室長 兼 リクルート経営コンピタンス研究所

1987年リクルートに入社。通信・自動車・旅行事業などでプロダクト企画、事業企画を担当し、事業マネジメントのためにリボンモデル外部サイトへの原型を考案。その後、通販ユニット長を経て、2007年よりリクルート経営コンピタンス研究所にて社内ナレッジの言語化・横展開を通じて、事業・経営支援と人材育成に携わる。2020年よりリクルートの総研機能を統括する調査室の室長も務める

2022年02月01日

※事業内容や所属などは記事発行時のものです。