15~64歳人口と65歳以上人口の推移
加えて、古屋は、「高齢の方々は介護・物流・医療など人の手を介する生活サービスへの依存度が高く、高齢人口の実数がピークに達すると推定される2040年代前半に向けて労働需要がほぼ横ばいで推移していくこともポイントです。これが、労働を担う現役世代の減少とあいまって、この構造的・慢性的な人手不足を引き起こしているのです」と説明します。
労働需給シミュレーション
人口動態は大きく変動することがない、最も確実な将来予測であるため、この労働供給制約社会は、避けられない未来と言えるでしょう。
労働供給の担い手がこのまま減少していくと、労働需給のギャップが拡大し、現在人口およそ1億2000万人の日本で、2030年には約341万人、さらに2040年には約1,100万人の労働供給不足が発生すると試算しています。これは好景気のために人手が足りないといった一時的な人材不足とは違い、社会を維持する生活維持サービスの運営に大きく影響を及ぼしかねない、構造的・慢性的な労働供給不足です。レポートでは、私たちが大きな影響を受ける、生活に欠かせない7つの職種、輸送:機械運転・運搬(いわゆるドライバー)、建設、生産工程、商品販売、介護サービス、接客給仕・飲食物調理、保険医療専門職に加え、事務・技術職・専門職を加えた8つの職種別のシミュレーション結果も示されています。そこから見えてくるのは、例えば、ドライバー不足により注文した物が配送されなかったり著しく遅配したりする可能性や、建設業界での人員不足により道路のメンテンナンスや災害後の復旧に手が行き届かず、危険と隣り合わせの中で生活する可能性があるということ。また、介護・医療サービス職種での人材供給が不十分になり、これまでのようにデイサービスに通えなくなり、利用回数を減らして家庭で介護せざるを得なくなったり、病院では医師不足により診察を受けられず、救急車を呼んでも受け入れてくれる病院がない、いわゆる介護・医療崩壊が起こる可能性も指摘しています。
古屋は、実際に本研究のためにとある地方の町を訪問した際、既に介護分野での人手不足が現実に起きており、90歳の要ケア高齢者の介護を70歳の高齢者が担っている現場や、介護だけでなく86歳の配達員が荷物を運ぶ現場を目の当たりにしたこともあると言います。「日本には今この瞬間も担い手がまったく足りていない職種や地域がたくさんありますが、人口動態の変化に伴う労働供給不足という意味では、今はまだ初期段階に過ぎないということが分かってきました。2040年には日常の社会生活を維持することに精いっぱいで、仕事どころではなくなり、更に労働供給不足に陥るといった悪循環が生じる恐れがあるのです」と今以上に深刻な事態を迎える可能性があると語ります。
職種別の労働需給シミュレーション
また、レポートでは8つの職種と同様に、地域別でもシミュレーションが行われ、東京都以外のすべての地域で労働供給不足が生じるという深刻な予測結果が出ています。しかし、政府機関をはじめとする様々な意思決定機関や大手の主要企業が密集する東京都では、2030年から2040年にかけても労働需要が充足する見込みであることから、著しい労働人口不足の問題を実感しづらく、「特にホワイトカラー層でこうした日本社会で起きている変化の認知が遅れると、日本全体で起こる労働供給制約にも関わらず、なかなか大きな議論につながらない恐れがある」と古屋も指摘しています。
世界に目を向けると、東アジア・欧州諸国でも人口減少や高齢化の話題に事欠かず、人口構造の変化はもはや世界の潮流と言えます。世界で最も早いスピードで少子高齢化が進む日本は、世界が将来直面する「少子高齢化によって何が起こるのか」という課題を先取りしているに過ぎず、近い将来他の先進国も直面する可能性が高いものです。そういった意味でも、この未来予測レポートは、重要な示唆を与えてくれるでしょう。
なお、リクルートワークス研究所は、このレポートのなかで、労働供給制約社会の到来を遅らせる4つの取り組みについても具体的な事例とともに提案しています。それは日本社会で芽吹きつつある、労働供給制約に対するイノベーションの紹介でもあります。今その取り組みを実践し始めることで10年の猶予を得られるという具体的なインパクトも推計されており、その間により抜本的な課題解決に向けた対応策を検討していくことが可能だとしています。人口動態による社会変化を押しとどめることは困難ですが、労働供給制約がある社会を豊かな時代にするために、今までなかったような発想で行政、企業、個人それぞれが労働供給制約を前提に考え行動するパラダイムシフトの必要性を、リクルートワークス研究所はこのレポートを通じて示しています。
古屋 星斗(ふるや・しょうと)
株式会社リクルート リクルートワークス研究所 主任研究員
2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻を修了後、同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場について分析するとともに、若年人材研究を専門とし、次世代社会のキャリア形成を研究している