リクルートホールディングスが東証一部(東京証券取引所市場第一部、現東証プライム市場)に上場したのは2014年。上場後間もない時期からリクルートホールディングスのIRに関わり、2025年よりCFOを務める荒井淳一に、この10年で体感したリクルートの面白さや、未来に向けて大切にしたいことを聞きました。

リクルートホールディングス 常務執行役員 兼 Chief Financial Officer 荒井 淳一
真面目に結果を報告するだけでは魅力は伝わらない。対話の重要性を説いてまわるところから始まった
コーポレートファイナンスの領域で30年近くキャリアを重ねていた荒井がリクルートホールディングスにジョインしたのは2016年のこと。
「実はリクルートとの付き合いは長く、柏木斉社長や当時の財務担当の方から相談や依頼を受けることもありましたし、IPOのサポートもしていました。」
そんな荒井がわざわざ個社の専門役員という形態を選んだのには、理由があると言います。
「当時から、投資家ひいては社会がリクルートをどう評価しているかについて自分なりに研究していたのですが、一言で言うと、リクルートは分かりづらかった。領域も広く、ビジネスも多いのでよく分からない。決算発表ではコンテンツリッチで話題も豊富なのに、投資家目線でみると、“(業績の)約束を守る優等生だけど、わくわくしない“という印象。リクルートホールディングスの価値が資本市場に十分に伝わっていないのではないのか、と感じていました。」
その課題感が当時の役員陣と一致した荒井。「これまで培ってきた経験や自分なりの仮説を、今度は事業会社の中で実験・実証してみたい。『世界で戦える会社』であるリクルートホールディングスで勝負してみたい」と気持ちを決めたそう。
しかしその道のりは簡単ではありませんでした。まず立ちはだかったのは、「資本市場との対話」に対する、経営陣と荒井との認識の違い。
「上場企業になったばかりの当時は、世の中、つまりグローバル資本市場、世界の機関投資家からどう評価されるかということに、今ほど会社として重きを置いていなかったと思います。『直近は、昨年見通しとしてお伝えした通りの結果でした。今年の見通しはこうです。必ず実現します』と、とても真面目に丁寧に発信していたんです。しかし、企業価値を正当に評価してもらうためには、ロジカルな説明を通じて、中長期的に成長し増収増益していくことを想起させ、期待していただいて当社株式を取得して保有し続けて貰わなければなりませんから、それとは質的に大きく異なります。今あるものを並べて説明するだけでは、相手の期待を高められない。そこで私なりに、こう伝わると良いのではないか、海外の機関投資家の方々はこういうことを知りたいのではないか、という仮説を持って、社内外の人たちと話しながら、経営陣に提案を持っていきました。要は入社早々、皆さんがやってきたことを『あれもダメ、これもダメ』と物申したわけです。」
当時経営陣の反応は良くなかったと笑う荒井ですが、資本市場からの評価を高めることへのこだわりを捨てることはありませんでした。
「世の中の注目と期待を集めて評価を高めることで時価総額が上がり、しかもそれが維持された時に、初めて企業が取り得る選択肢やできることの幅は広がります。言うなれば『価値創造の体力』がつくということです。『新しい価値の創造』をバリューズ(大切にする価値観)に掲げるリクルートにとって、中長期的な成長のために実現しなければならないことだと思っていました。」

CFOとして企業価値の最大化に向き合う荒井にとって、グローバル資本市場との対話は重要な役割のひとつです。数字の背景にある事業の考え方や思いを、機関投資家の方々が分かりやすい言葉に“翻訳”することも、そのための大切な手段だと捉えています。荒井は、自身の貢献を表す言葉として「評価倍率を上げる」という表現を使います。
「事業が成長して利益が倍になった時に、時価総額も同じように倍になっただけなら、私の存在価値はありません。未来への期待を含めた複数の要素をドライバーに、リクルートホールディングスという企業の価値評価を何倍にできるかが重要なのです。」
「リクルートグループには語るべきコンテンツが豊富で、それは幸せな悩みですが、だからこそ、何に時間を使い、誰の言葉で届けるのかという設計が必要です。投資家の皆さんにとって、リクルートホールディングスは数ある銘柄のうちの1つで、私たちを知るために割ける時間は限られている。相手の興味に合わせて対話するスタンスが大事だと思います。」
加えて、変わり続けるリクルートだからこその難しさもあるといいます。
「リクルートはビジネスモデルもどんどん変わっていくので、2、3年前に言った通りにもなかなかなりません。可変可能性のある情報や数値の開示は結果的に投資家の方々に混乱を与えてしまうこともあります。毎回違うということがポジティブに受け取られることもあれば、『また変わったんですか』と受け取られてしまうこともある。だからこそ、誤解されないように伝えていくことが大事だと思っています。」
この10年での手ごたえについて荒井は、「ジョインした当初と比べると、投資家の方々との対話なども重ねるなかで、社内の意識も随分変わってきました。今は、『どうすれば正当に評価されるのか』『どうすれば誤解されず、応援してもらえるのか』といったことを、優先順位高く考えられるチームになってきたと思います」と語りました。
納得したら速い。尖った人材を活かすチームがリクルートの強み
普段はビジネスの可能性を伝えている荒井ですが、リクルートの強みはそれだけではないと言います。役員として関わり始めて、実体験のなかから感じたユニークネスが2つあるそうです。
「まず、入社直後の経営陣への私の提案についてもそうでしたが、ひとたび納得したら実際に変えるまでのスピードが非常に速いことに驚きました。『確かにね』となるまでにはそれなりに時間がかかるけれど、『そうだよな』と腹落ちした瞬間に、『早く進化したい』とでもいうようにアクションに移る。『これまでやってきたことだから』という理由で止まることがあまりなくて、『正しいんだったらやるでしょう』というスタンスがはっきりしています。アクションは早いし、走り出したらやり切る。そこは、入社前に抱いていたイメージとは違う、嬉しいサプライズでした。」
もうひとつ、荒井が挙げるのが、互いの強みや不足を補い合うチームのあり方です。
「分からないことは分かる人が補えばいいという考え方で、『こういう立場の人、例えばCEOはこれとこれができないとダメ』というような型にはめないんですよ。尖ったところが大事という思想が会社全体に浸透していて、それが強みの源泉になっていると感じます。人は完全ではないからこそ、あるがままの個を生かし、チームで勝てばいい。その価値観が前提として行きわたっている組織は、忖度なく議論がしやすいのだと思います。」
新しい価値の創造への挑戦をバックアップしたい
リクルートグループのさらなる成長に向けて、荒井が中長期的に力を入れたいと語るのが、挑戦する人や組織のサポートです。自分のやりたいことを持ち、それを事業の成長につなげようとする人が増えることが、これからのリクルートの進化には欠かせないと考えています。
「CEOの出木場がカリスマ的になってきているように感じます。成功者の印象が強いですし、常にアップデートもしているので、出木場が言えば事業現場の人も『そうですね』となりやすいのは無理もないと思います。でも、『そうはいってもこれをやりたい』と新しいことに挑戦する人たちがもっと出てきて欲しいですし、そういう人たちを財務の面からうまくサポートしたいと思います。
例えば出木場は自身の役割を“失敗の総量をコントロールして、新しい価値を創造すること”と言います。これに当てはめると私の役割は、リクルートホールディングの企業価値を出来るだけ大きくして、失敗のインパクトを軽減することで、失敗の許容度をどれだけ上げられるか、チャレンジの一つが大化けして大きなリターンを社会に還元できる可能性を最大化することだと思うのです。CFOにもさまざまなタイプの方がいらっしゃると思いますが、私はリクルートにおいては、積極的に大胆に、かつ誠実に透明性高く、チャレンジを促せるCFOでありたいと努めています。」
2026年5月15日に発表した2026年3月期の通期決算では、リクルートホールディングスの通期連結実績は増収増益。売上収益、EBITDA+S(注1)、基本的EPS(注2)はいずれも過去最高を更新しています。リクルートグループの『価値創造の体力』は向上し続けるのか。そのなかから次にどんな挑戦が生まれてくるのか。ぜひご注目下さい。
(注1) 2026年3月期より、名称を調整後EBITDAから変更。算出式は従来から変更なく、営業利益+減価償却費及び償却費(使用権資産の減価償却費を除く)+株式報酬費用±その他の営業収益・費用
(注2) 基本的1株当たり当期利益。親会社の所有者に帰属する当期利益を、普通株式の加重平均株式数で除して算出
荒井 淳一(あらい・じゅんいち)
株式会社リクルートホールディングス 常務執行役員 兼 Chief Financial Officer
1988年にリーマン・ブラザーズ証券株式会社に入社。1999年よりモルガン・スタンレー証券株式会社(現 三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社)にてM&Aアドバイザリー部門の責任者を務める。2007年からは三菱UFJ証券株式会社(現 三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社)にて投資銀行本部マネージング・ディレクターおよびストラテジック・アドバイザリー・グループ長を歴任。2016年11月に株式会社リクルートホールディングスに専門役員に就任し、2018年4月より執行役員、2023年4月より株式会社リクルート取締役に就任。2025年4月より株式会社リクルートホールディングス常務執行役員 兼 CFOを務め、ファイナンス領域をリード